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あみの思い

2012.12.22 15:38|白雪姫プロジェクト関連
先日12/8に、白雪姫プロジェクトの岡山1000人集会が開催されました。

山元加津子さん&紙屋克子さん講演会
  ~ 奇跡が奇跡でなくなる日に向かって1000人集会 in 総社 ~

私は参加できてなかったんですが、岡山の会場は1000人の方で埋め尽くされたそうです。
白雪姫プロジェクトは、私はメルマガを読ませていただくことしか参加できていませんが、私のブログを読んで下さってるかたにも知っていただきたくて、記事を書きました。

岡山の1000人集会には、医療関係者の方も多く来られてたそうです。
メルマガで紹介されていた(独)国立循環器病研究センター 神経・脳外科(疾患分子)研究室長 柳本広二さんの記事を抜粋して紹介させていただきます。
(こちらで全文読めます。http://shirayukihime-project.net/hiroji-yanamoto.html)

これまでは、「大きな障害を受けて遷延性意識障害になられた方は、たとえ年月を経
過してもその意識は絶対に回復しない(失われた"脳(神経)機能"は回復しない)」
と考えられてきた。しかし、解剖学的に脳の狭い領域に局在する神経群に基づく特定
の運動・感覚機能ではなく、比較的広範囲な旧・新皮質に広がる神経群によって担わ
れる脳機能、例えば、認識、過去の記憶、感情(嬉しい、悲しい)表現、思考(大好
きと思う、申し訳ない、ありがとう、等)に関しては、いつからか回復していた症例
が介護の現場にて発見され、次第に知られるようになってきた。

その一例として、特別支援学校教諭の宮田俊也さんは、重度の脳幹出血(広範囲橋出
血)にて発症し、死を免れることはできたが、将来にわたって意識は絶対に回復しな
いであろうと考えられたが、発症からおよそ半年間が経ち、「主たる疾患に対する治
療、および、公的なリハビリ期間が終了した後に」意識を回復していたことが特別支
援学校教諭であり、宮田さんの元同僚でもある山元加津子の日々の観察(メルマガに
て発信中、2012年12月時点での読者5000人超)によって発見され、その後、僅かな首
の動きと専用機器(レッツチャット、パナソニック)を用いた意思疎通に成功し、さ
らに様々なリハビリプログラムに持続的に挑戦し、結果を出し続けていることは注目
に値する。

具体的には、山元加津子さんの(仕事を終えた後のベッドサイドでの)日々の献身的
な取り組みによって、レッツチャットを用いた意思伝達の達成のみならず、全く不可
能と言われた経口摂取や尿意の回復による自己排尿、さらには、介護者操作による通
常の車いす移動(映画鑑賞)さえもが可能となっている。また、山元さんがかつて経
験された別の生徒さんでは、「無脳症による無反応状態」です、と言われ(実際の無
脳症では生存不能であるため、脳の極度低形成と考えられる)、生来ずっと寝たきり
であった女児へ行った(特別支援学校)教室での様々な刺激によって、次第に意思を
持っていることが明らかとなり、数年の後には、母親の顔を認識し、笑えるようにな
るまで回復した(講演会や著書等で報告)。

また別の、生まれつき植物状態とみなされていた生徒さんの場合では、授業の度に母
と子の生き別れに関する童話(悲しい物語)を耳元で朗読しているうちに、一定の箇
所(だれでもが感動する場面)で必ず涙を流すようになり、あるいは、楽しい言葉遊
びでは必ず声を上げて笑うようになった。この症例の場合は、生来、一度も言葉や人
間関係を習う経験がなかったにもかかわらず、その言葉によるストーリー展開を理解
し、合理的な感情を示した、との意味で、「意識とは」、「言葉の学習とは」、に関
するこれまでの常識に一石を投ずるものである。

(中略)

6.意識回復の証明は容易でない 
意味のある言語を用いたコミュニケーションは、極めて高度な脳機能であるにもかか
わらず、多くの場合、それによる意思疎通能力によって意識レベルを評価しようとす
るため、実際のところ、意識は回復していても無反応、意識なしとの評価で終わる場
合も多いことが予測される。例えば、意識は正常でも、失語症という言語中枢の傷害
による重度の意思疎通障害(発語、言語理解、読字、書字等の機能消失)があり、ま
た、顔面・表情筋を長らく使用しない長期臥床の方にとって、意図的に瞼を閉じる
(閉眼)による意思伝達法は思いのほかハードルが高く(前述紙屋さんの経験より)、
わずかな精神的な緊張があるのみで随意運動が全くできなくなる場合もあり(山元さ
んの経験より)、宮田俊也さんの場合には、瞼での表現機能をそのタイミングと動か
し幅を含めた正常レベルまで取り戻すためだけに数か月を要した。

白雪姫プロジェクトは、決して、遷延性意識障害と診断された方への積極的、かつ、
持続的な介入を誰かに義務付け、依頼すべきであるといった強制や抗議のための運動
ではなく、また、意識が人知れず回復していたことを根拠としてその方のそれまでの
看護・介護レベルを非難するための運動でもない。
本プロジェクトは、脳に受けた重大な傷害故に、今現在、寝たきりとなっている人の
ために、常に近くに寄り添っている家人や身近な人が、絶望する(周囲からは絶望さ
せる)以外に何ができるかを考える運動であり、その一環として、「介護者自らが介
入することで変化し得る」「実際に様々な介入によって変化している方がおられる」
という事例を広く伝えることで、今後の「思いの持ち方」や、「介護の参考」として
いただきたい、という運動である。家人や身近な方が日々求めているのは、必ずしも
元の状態への完全な復帰ばかりではなく、たとえ細やかであっても何等かの変化を発
見すること、あるいは、本人が何等かの思いを抱いて生きていると思えること、また
は、それに気づけることがその後の生きがいとなる場合がある。

急性期ではなく、発症後、長年にわたって意思疎通が不能となり、絶望視されている
家人にとって、「まだ諦めることはない、なんらかの変化が期待できる」という事実
を伝えることには大きな意義がある。急性期病院での、(目の前に迫った死を受容で
きるように、あるいは、過度の期待を抱くことで落胆しないようにとの思いから発し
た)家人の絶望を促す説明が成されて以来、すでに"わずかな変化を求めること"さえ
諦めておられる方、現状(急性期から慢性期と称される発症から半年間の、現時点で
常識とされる医療情報のみ)では悲嘆に暮れるしかないという、いわば絶望状態がそ
の後も長年にわたり持続している家人(または、身近な方)の、「今の心のありよ
う」や「生きがい」を可能な範囲で応援、支援することを目指す運動である

(中略)

10.まとめ 
「一生植物状態です」、との宣告を受けられた方で、今現在、様々な合併所を乗り越
えて、半年以上の長期生存を果たそうとされている方、すでに果たされている方、か
つ、決して諦めたくはないが諦めるしかないと思っている家人(身近に付き添われて
いる方、または、施設のスタッフ)へ、このプロジェクトが持つ、「覚悟と責任を
持ってことに当たれば何かが変化する可能性はいつでも誰にでもある」「決して諦め
なくてよく、目の前にいる(彼/彼女が大好きな)あなたが取り組めばよい」、とい
うメッセージを届けたい。

以上、共感力(思いと思いを結びつける、または繋がる力)の強い山元加津子さんが
全国へ広めようとされている白雪姫プロジェクトの個人的、左脳的解釈です。私は以
前より、宮田俊也さんを遠くから応援していますが、総社で行われた合同講演会に参
加することで得られた情報が数多く含まれています。この場合の左脳とは、山元さん
が感じる共感力を解釈し、説明するための道具です。脳は「意識」を運ぶものと考え
られていますが、いわゆる「意識」ではなく、誰でもが持ってはいるが、必ずしもそ
の力が弱かったり、または、その存在に気付けない、時もある、「共感力」こそが
脳、または、命の本質ではないかと思います。山元さん(かっこちゃん)が誰かと繋
がる時、相手の意識レベルや道具の存在は全く考慮されていません。彼女の持つ強い
「共感力」は、人と人が必ず繋がれるということを示しています。
(独)国立循環器病研究センター 神経・脳外科(疾患分子)研究室長 柳本広二

略してしまうと、せっかくの柳本先生の論文が半減してしまうので、興味がある方は白雪姫プロジェクトのホームページでぜひ読んでみてください。

今回の岡山集会の成功と柳本先生の論文、かっこちゃんのメルマガを読ませていただいて、私もamiのことを伝えなければ。と思いました。
今、amiと同じような状況にある子どもさん。お子さんを支えておられるご家族の方に、白雪姫プロジェクトのことを知っていただきたいです。
そして、脳波フラット。もう動くことができないと言われたamiの動画をご覧ください。

※amiがお空にいってしまった今、載せることを本当にためらいました。
でも、今、発症時の自分と同じ状況の方が、この世界にいるんだったら、amiの姿を見ると、希望がもてると思うんです。
載せることで悲しい思いをされる方もいらっしゃると思いますが、amiちゃん頑張ったね。と暖かい気持ちで見ていただけたら嬉しいなぁ。と思います。


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この動画は、発症後半年後ぐらいのころのamiです。
携帯で撮ったので、画像が粗いですが、触ると手足を動かしてくれるようになっていました。
私が「はーい」と言ってる時は、私が手をあげていますが、それ以外は自分で動かしています。

発症して始めて動いたのは、amiが大好きだったお友達のママが来てくれた時。
発症後、2カ月後ぐらいだったと思います。頭をお友達ママの方に動かしました。
そのあとは動かず気のせいだったのか。と思っていましたが、足をマッサージしてるときに、足の親指が動きました。
それをきっかけに、足が動くようになり、手をあげるようになり、触らなくても自分で返事をするかのように手をあげたり、のびをする仕草を見せてくれるようになりました。
おうちに帰ってからは、さらに反応が増えて、足をパタパタさせたり、お風呂に入ると「あつい~!!」って言ってるように身体をのけぞらせたり、私達に色々伝えてくれていました。
両手を自分で胸の前で組んでいることもありました。

私は、amiが思いもって私達との時間を過ごしていたんだと思います。

発症時に腎臓さえ、悪くなっていなければ、amiは今も私のそばにいてくれたかもしれません。
幼稚園だって行くことができたし、小学校も行くことも考えていました。
まだまだ一緒にやりたいこと、過ごしたい時間がありました。

でも、amiは、5月13日の母の日を選んでくれて、お空に旅立ちました。

このブログを読んで下さっている皆様と出会えたこと。
白雪姫プロジェクトの仲間に入れてもらえていること。
全てamiが導いてくれていることだと思います。

このブログが、今、先が見えなくてどうしたらいいかわからない方の目にとまりますように。
私たちは、「誰もが思いを持っていて、回復する可能性がある」ということが当たり前になっていく世界をめざします。 と
かっこちゃんは言います。
今、大切な人との時間を未来があると信じて過ごしていけますように。
私も、amiと共にプロジェクトの応援をこれからもしていきたいと思います。





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不思議なケーキ

2012.12.19 16:01|amiが天使になってから
先日、私の幼な馴染みのお友達のおうちにお邪魔させてもらってきました。
幼な馴染みちゃんは、幼稚園のころからの私の大切なお友達で、amiが発症した時も泣きながら聞いてくれて、すぐに病院に大きなピンクのくまちゃんを持ってamiに会いにきてくれました。
お友達の旦那様も同じ幼稚園出身なんですが、姉妹のパパだけあって、父親としての気持ちをすごくわかってくれて、旦那には何も言わず、涙ぐみながらも背中をトントンと叩いてくれて。パパとしては、旦那様の男の優しさがとても心に響いたと話していました。

amiがおうちにいる時には、こども達が小さいので来てもらうことはできなかったんですが、お通夜もかけつけてくれて、いっぱい泣いてくれました。
「あみちゃんから大切なことをたくさん教えてもらった。何気ない日々のありがたさ。娘が吐き下しの風邪の時でも、治るものだと思えることがこんなに幸せだった。あみちゃん本当にありがとう」
と電話してくれたり、本当にいつもいつも私の心に寄り添ってくれた大切なお友達です。

そして、この日も、amiの写真を連れて、一緒にお邪魔させてもらいました。
kaiと同じ年の娘ちゃんもamiの写真にリカちゃん人形を見せてくれたり、amiを感じてくれてとてもうれしい時間を過ごしていました。
お出かけするときは、パパとおそろいのアロマペンダントにamiの髪の毛を入れて、それをつけて出かけるんですが、写真を連れて行けそうなところはいつも一緒にお出かけしています。
kaiもお出かけすると、「あみちゃんにみせてあげる」と景色を見せてあげたりしています。

この日も、amiの写真を食卓に置かせてもらってみんなと一緒の時間を過ごしました。
おいしいお料理をたくさん作ってもらって、たくさんいただきました。
最後に、私が作ったロールケーキを切り分けてくれて、amiの写真の前にも置いてくれました。

お友達が、不思議そうに
「ケーキ切る時に切り目入れてなかったよね~?」と私に聞きます。
「まずは半分に切ったの。それで、あみちゃんにも。とも思ったんだけど、9人分(お友達家族5人、我が家3人+ami)で切るのが難しかったから、あみちゃんごめーん。と思いながら、8等分にしようと思ったのね。。。そしたら、なぜか半分のロールケーキに薄い線が4本見えてー!もぅ、やっぱりあみちゃん食べたいんだ。と思って、5等分して分けたんだよー。ほんとに見えてん。ビックリしたわー。」って言ってくれました。
久しぶりに作ったロールケーキ。amiも一緒に食べたかったんでしょうね。

お友達からもらったピンクのくまちゃんは、今でもkaiが「あみちゃーん。いっしょにあそぼー」と言って、一緒にテレビ見たり、おままごとしたりしています。
私の大好きなお友達だから、amiもきっと大好きだったんだよね。
いつも一緒にいるよー。と言ってくれたように思えてなりません。

amiのおかげで大切なことをたくさん気づかせてもらっています。
ありがとう。ami♪




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ご無沙汰しています

2012.12.11 12:01|amiが天使になってから
なかなかブログを更新することができず、月日だけが経ってしまい、もう12月も中旬になってしまいました。
明後日で、amiがお空に行ってから7ヶ月が経ちます。

ブログのテンプレートの配布期限もすぎてしまっていたのに、なかなか変更できてなくて、すみません。
また新たにテンプレートを更新しましたので、これからもお付き合いくださいませ。

お友達やブログを読んで下さっている方が心配してくれて、コメントやメッセージを頂いたりして。。。
本当にありがとうございます。

kaiの幼稚園行事でバタバタしていたのもありますが、ブログを見ると、amiとの生活。amiへの思いがあふれてしまって
なかなか見ることができませんでした。
テンプレートも変更させてもらったので、また少しずつブログを描いていけたらいいなぁ。と思っています。

先日、kaiの作品展がありました。
amiが発症して初めての幼稚園行事が作品展でした。
発症して1ヶ月後ぐらいだったので、担任の先生がamiが元気な時に書いていた絵を作品展で一緒に展示して下さっていて、パパと2人で見に行ったのを思い出しました。
amiは青いキリンを書いていて、先生が「「くびがながぁーーーいキリンさん」とあみちゃんが言いながら書いていたんです。」とおっしゃっていて。
とても力強く書けていて。あー。今はもう書けないんだぁ。と涙を流しながら見ていました。

kaiの作品を展示してある遊戯室に入った時、あの時の場所にいてるような感覚で、感情が一気に戻ってきて、ぶわぁーと涙がこぼれてしまいました。
過去と未来は、全て「今」感じることができるというけど、本当にその通りだなぁ。と思います。
あの時に感じた胸の苦しさを同じように感じるんですよね。
パパもあの時を思い出したよ。とあとから話していました。

amiと同じ年の年長さんの作品を見ても泣いてしまったけど、みんなとても上手にかけていて、のびのびと幼稚園生活を送っているのが伝わりました。
kaiの作品もかわいくて、絵も上手に描けていたし、楽しく園生活を過ごせているのだなぁ。と心があたたかくなりました。

こども達の作品は、素敵で、本当に胸がいっぱいになります。
あぁー。この幼稚園でkaiと過ごすことができて良かったなぁ。と本当に思います。
amiが過ごした時間。過ごせなかった時間を共有することができている気がします。

今は、amiもkaiと一緒に幼稚園生活を楽しんでるんじゃないかなー。
きっと、やりたいこといっぱいあったもんね。
これからも、ふわふわと私達の周りで飛び回っていろんなことを一緒に経験していってくれるといいなぁ。と思います。
いつも一緒だもんね。


【kaiの作品】

幼稚園でお芋掘りをしたときに、さつまいもに穴があいているところがあって、だんごむしが食べたと教えてもらったのが、
印象に残っていたみたいです。
PC020453.jpg


風船にノリを塗って、紙を張り付けて色を塗っています。
PC020446.jpg


去年の作品展では、う○こを描いていたkaiですが、上手に描けるようになりました(笑)
PC020449.jpg





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発症から2年経ちました

2012.10.26 10:09|amiが天使になってから
2年前の今日。amiが発症してから2年が経ちました。
発症の日のことは、今でも、鮮明に思いだします。
きっと何年たってもこの日のことと、亡くなった日のことは忘れないんだと思います。

発症の日のことを思い出すと、本当に辛くて。今、一人ぼっちの家の中で、amiの姿が見たいと泣き叫んでamiの姿を探してしまいます。

でも、amiは、私達にたくさんのものを遺してくれました。
元気だったころの写真。ビデオ。
amiが好きだったオモチャ。食べ物。プリキュアのドレス。
amiが書いた絵。
発症してからの写真。ビデオ。おうちでの生活。

そして、たくさんの大切な人との出会い。
数え切れないほどの思い出。
一緒に笑って、泣いて、怒って。一緒に過ごした時間。


amiが元気だったころの4年間も、発症してからの1年半も、amiが神様にお願いして私達にくれた時間だったように思います。
なぜ、amiだったのか。なぜ、私の娘だったのか。その答えは、見つからないけれど、amiがくれた大切な時間が、きっと私達家族を導いてくれるんだと思います。

今、私の目の前には、amiの姿は見えないけれど、いつも一緒にいます。
そう思える時も、思えない時も、amiは、キラキラした笑顔で見守っていてくれていると思います。
amiは、ニコニコしてるママが一番好きだもんね。
ずっとずっと泣いてるわけじゃないよ。
ママには、amiがついてくれてるもんね。
パパとkaiがそばにいてくれてるから、大丈夫だよ。

しんどかったね。痛かったね。怖かったね。
本当によく頑張ったね。
すごいね。強かったね。えらかったよ。

ママとパパとkaiと一緒に過ごしてくれてありがとう。
みんな、amiが頑張ったことは忘れないし、amiのことがだいすきだよ。
amiは、心配しないで、たくさんのお友達とお空で、幸せに過ごしてね。

本当に頑張ったami。
あの日がなかったら。生きてくれていたら。と思ってはしまうけれど、心の中にはamiがいてくれます。
パパの心の中にも、kaiの心の中にも。
きっと我が家を、amiが見えないベールで守ってくれてるんだと思います。
いつでも、一緒。
本当にありがとう。ami、だいすきだよ。




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天使の日

2012.10.04 16:50|amiが天使になってから
今日、10月4日は、天使の日と言われているそうです。
恥ずかしながら、amiが亡くなって始めて知りました。

最近、落ち込む日が続いていて、どうしてもamiに会いたい。抱っこしたい。今、そばにいてほしい。という思いが消えず、一日中そのことを考えて、泣いて、どうしようもない日が続いていました。

amiが亡くなって、月日が経って、そこまで会いたい気持ちが出たのは初めてだったかもしれません。

kaiの前でも泣いてしまって、「どうしたん?あみちゃんのこと?」って聞かれ、「ママ、ないたらあかん。なかんとって」と言われても、「ママだって泣きたいねんーーー」って泣きやめずにいました。
kaiも困ってしまったでしょうね。
でも、一緒に寄り添ってくれて、私が落ち着くまでチューしたりナデナデしてくれたりしてくれました。
やっとやっと、落ち着いて、「かいちゃん。ありがとう」って抱きしめ、その時はもう涙は出ないんだけど、また夜になったら考えて泣いて。。。を繰り返していました。

amiが選んだ人生。私が選んだ人生。と思っている反面、どうして私の目の前からamiを奪ってしまったのか。という思いが消えませんでした。
きっと、この思いは生きてる間、消えることはないのだと思います。

でも、私はやっぱりamiに守ってもらってるんです。
私がしんどい時に、私が欲しい言葉をたくさんの人からもらいました。
それが、私にとって必要で、それに気づけて本当に良かった。
いろんなことがamiからのメッセージのように思えました。

あーー。そうだ。私もamiに守ってもらってるんだ。
そう気づき、やっと心が軽くなりました。
もちろん、今はそう思ってるけど、会いたい気持ちがなくなるわけではなく、悲しい気持ちが減るわけではないんです。

どんな感情をもっていても、それは自分自身のこと。
ないもの。過去。を思うより、あるもの。今。を見ていけたらいいなぁ。と思います。
amiが今、目の前にいないからといって、ないもの、過去とは思いません。
amiへの愛情が薄れることはないし、amiの身体はないけれど、魂は私の心の中にあるんです。

私がamiを思う時、amiも私を思っていて、目には見えないけど、きっとそばにいてくれます。
強がりに見えるかもしれないけど、強がりじゃないんです。
今、本当に心からそう思っています。
って言っても、会いたい―。悔しいー。辛い―。ってまたブログに書いちゃうと思いますが(笑)

会いたい思いや、悔しい思い。辛い思いを私は我慢してしまうから、自分の本音を隠して無理してしまうんですよね。
そう思う時も、思えない時も、自分の本音に従っていけたらいいなぁ。と思います。

お空で見守ってくれている天使達は、いつも私達のそばにいて、笑顔で笑ってくれていると思います。
会いたい時は、そばに来てくれているんだと私は思います。
この日を過ごしているお空に行った子ども達のママ。パパ。ご家族がお空の子ども達とつながれて過ごしていけたらいいなぁ。と思います。

そして、ブログを読んで下さってる皆様が、今、目の前にいてる大切な人達とつながれて、今を感じて過ごしていけたらいいなぁ。と思います。
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プロフィール

Author:amikai.mama
我が家のブログへようこそ!
30代のママと40代のパパとこどもたちの4人家族です。
人工呼吸器をつけての在宅生活は、在宅カテゴリをご覧ください♪

☆こどもたち☆
ami:愛海羽(あみう)
4歳2ヶ月で急性脳症を発症し人工呼吸器をつけて眠り姫になったプリキュア大好きな女の子。
H24年5月13日に天使になりました。
kai:海優羽(かいゆう)
あみうより2歳下の元気いっぱいの男の子。

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